従来、日本に生息しているチワラスボは「チワラスボ」1種とされていました。その後の研究の進展により、「チワラスボ」は遺伝的・形態的に識別可能な4種を含んでいることがわかり(Kurita and Yoshino(2012))、本種は暫定的に「チワラスボC種」とされていたものです。2021年に、既知種のT. gracilisと同定され、和名が付けられました(是枝・本村(2021))。
撮影地の静岡県では少なくとも2種(コガネチワラスボ、チワラスボ)が分布することが知られております(静岡県レッドデータブック2019、金川ほか(2018))。
是枝・本村(2021)によりますと、本種とチワラスボ(旧チワラスボB種)の主な違いは以下となります。
(註)厳密には、頭部の感覚器の配置などを組み合わせた同定が必要。
①下顎のヒゲが、基本、3列7本で各列2本、3本、2本(チワラスボは基本、3列6本で各列2本、2本、2本)
※ただし、両種とも本数には変異があること、ヒゲは欠損しやすいこと、小型個体では目立たないことに注意
②腹びれ基底後端~肛門前縁の距離 > 頭長 (小型個体を除く。チワラスボは 々 < 々)
③体側に金色の反射帯がある(チワラスボにはない)
そもそもチワラスボ種群は河口域の泥中に棲むため、本種群を水中で撮影しようなどという考えそのものが無謀です。それは分かっているのですが、それでも何らかチャンスはないかと何度か現地に通いました。次第に勘を掴み、①春の大潮の干潮時で塩水くさびがない(=密度濁りが生じない)、②川に流れがあり(=舞い上がった泥を押し流す)、③しかも流れが緩やか(流れが強いと濁る)、というかなり希有な条件が揃った時に運良く撮影できました。
とはいえ、この写真は純粋なフィールド写真ではありません。本種は、基本的に泥中で穴居しており、表に出て泳ぐことはほとんどないと思われ、掘り出して撮影するより他ありません。1時間ほど泥底をまさぐりましたが、小型個体が1匹出てきただけで、成魚が出ません。写真は成魚ですが、これは同行してくださった協力者の方が、この現場で掘り出した個体を水中で撮影したものです。
案の定、水中では動きは鈍く、流れの中だと、体を動かさず、自然体で押し流されるままとなります。着底しようと無理に体を動かすと目立ってしまい、捕食されるおそれが高まるからと考えられます(この挙動は流水中のヤツメウナギ類と似ている。)。
着底すると頭を上流側にしてひとまず停止します。その上で、柔らかい泥を探し、頭から泥に潜ろうします。頭が少し隠れるだけでも安心するようです。小型個体はそのまま全身潜ってしまいます。
いったん潜ると、その場所を掘り返しても不思議と見つかりません。忍者です。ちなみにこの場所は、歩くと足首より上まで埋まるような軟泥ではあるものの、それでも比較的固めであり、このような泥の中をそんなに早く移動するとも思えないので、ほじくり返しても泥にくっついたままじっとしているのでしょう。
[参考文献]
金川直幸・森口宏明・北原佳郎・渋川浩一(2018) 菊川水系感潮域の魚類相(予報).東海自然誌,11: 21-43.
是枝伶旺 ・本村浩之(2021)コガネチワラスボ(新称)とチワラスボ(ハゼ科チワラスボ属)の鹿児島県における分布状況、及び両種の標徴の再評価と生態学的新知見.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 10: 75-104.
Kurita, T., Yoshino, T. (2012) Cryptic diversity of the eel goby, genus Taenioides (Gobiidae: Amblyopinae), in Japan. Zoological Science, 29: 538-545.
静岡県くらし・環境部環境局自然保護課編 (2019)まもりたい静岡県の野生生物2019―静岡県レッドデータブック―<動物編>,静岡県くらし・環境部環境局自然保護課,静岡,539pp.