カワムツと長らく同一種とされていた魚です。
江戸時代、医師・博物学者のシーボルトはカワムツとともに本種を手に入れ、オランダに持ち帰りました(シーボルトはドイツ人だが、日本ではオランダ人と偽っていた)。その標本を基に、ライデン王立自然史博物館のテミンクとシュレーゲルがカワムツとは別に新種記載しました。当時の図版(「日本動物誌」)を見ると、カワムツ、ヌマムツの特徴がよく捉えられています。
※京都大学附属図書館のWebサイトから閲覧可能。図版は魚類篇448頁。
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000002/explanation/01
その後、本種とカワムツは同一種とされ、長らくその状態が続きました。
昭和44年に上梓された中村守純氏の「日本のコイ科魚類」において、中村氏は、ヌマムツとカワムツが形態の違いからいずれ区分されることを示唆しており、図版でも「A(後のヌマムツ)」「B」と分けて掲載しています。
昭和62年、渡辺昌和氏は、飼育下、河川での生態の違いなどから別種ではないかと考え学会発表、翌63年に岡崎登志夫氏がアロザイム分析により別種であることを確認しました。この頃から図鑑などでも「カワムツA型」「カワムツB型」と分けられるようになり、平成15年には細谷和海氏らにより再記載が行われ、A型に「ヌマムツ」という和名が付けられました。
両種の形態的な相違は以下のとおりです。
①吻 尖っている (カワムツは丸っこい)
②目 小さい (カワムツは大きい)
③体側の黒条 薄く細い、特に前半は薄く、鰓蓋の直後は広がる (カワムツは濃くて太い)
④鱗 細かい。側線鱗数は53以上 (カワムツは大きい。側線鱗数は51以下)
⑤尻びれの分岐軟条 9本 (カワムツは10本)
⑥繁殖期の雄の追い星 鰓蓋にも出る (カワムツは鰓蓋にはほぼ出ない)
カワムツはどの川に行っても(移入も含め)、また、上流域でもよく見られますが、ヌマムツは意外と出会えません。ヌマムツが見られるのは、平地の川幅の狭い支流です。
水中での実践的な見分け方は、上記①、③に加え、
⑦胸びれ・腹びれ 前縁が赤い (カワムツは黄色い)
⑧体色 全体に白っぽい (カワムツは相対的に濃い)
加えて、私が観察した限りにおいてですが、水中での挙動は、カワムツとはかなり異なります。
カワムツが一般に(=たいていオイカワが同所的にいるので)岸寄りの抽水植物の下に群れて隠れるように生活しているのとは対照的に、ヌマムツは流芯の中層から上層に、基本単独で定位しています。大型で優位な個体は、流れの落ち込みのような条件のよい場所を占拠します。オイカワと同所的に生息する場所では、オイカワよりも上層にいます。 カワムツと同所的に生息する場所では、成魚は概ね単独、もしくはせいぜい2-3匹の群れで、カワムツの群れが流芯にいたとしても、その上層を定位しています。
いずれにしても、流芯の中層~上層で見られます。
水中で観察していて不思議だったのは、幼魚が見当たらないことです。カワムツの幼魚は大量に見られ、これに成魚、未成魚も混じるのですが、ヌマムツは成魚とごく少数の未成魚ばかりです。「幼魚は別の場所にいるのかも」と付近をくまなく探してみても見つかりません。あるいは繁殖期が短期集中で個体の大きさが揃っているのかもしれません。その答を得るため、季節を変えて引き続き観察を続けたいと考えています。
落ち込みの下流の淵で、2匹の雄が闘争するのを確認しました。写真の2匹は体も大きく、婚姻色も強く出ていました。
闘争生態はハスに似ており、平行遊泳、回転闘争、回転上昇→下降、頭突きが見られました。闘争は、近くにいる雌の気を引くためと思われますが、私が観察した間、雌は我関せずでゆったりと定位しており、残念ながら繁殖には至りませんでした。