トミヨ属汽水型

(トゲウオ科 トミヨ属)

Pungitius sp.2

トミヨ属汽水型(道東の汽水沼)

準絶滅危惧

雌に誘いを掛けるトミヨ属汽水型の雄

オリンパスE-3 ZD12-60(21)/2.8-4 f8 1/90 Z-240×2(TTL)

道東の汽水沼 7月 水深50cm

 日本では北海道東部の太平洋側(釧路、根室地方)のみに生息するトミヨ類で、比較的塩分の高い汽水域を中心に生活します。婚姻色を呈した雄は全身黒くなりますが、腹側の棘は白くなります。これが他のトミヨ類と異なる外見上の特徴です(他のトミヨ類はいずれも青白色を呈する)。

 本種を撮影したのは河口付近の汽水沼で、海とつながっています。ここではニホンイトヨが同所的に生息します。

 本州の人間からすると、トゲウオ類は水のきれいな湧水に生息する、という印象を持ってしまいますが、水温の低いこの地域では、湧水や透視度に全く関係なく、泥濁りの場所にも生息しています。要は水温が低ければいい、というわけです。

 この沼も撮影には不向きな場所で、本種の他ニホンイトヨも確認できました。

 通常色の成魚は普通に遊泳しているのですが、婚姻色を呈した雄はなかなか見つかりません。トミヨ類はイトヨ類よりも警戒心、隠蔽性とも強い、というのが私のフィールドでの印象です(飼育した場合は逆だそうで、イトヨ類の方が慣れないのだそうです。)。雄は岸寄りのしっかりした抽水植物に営巣しているはず(これまでのトミヨ類の撮影経験からしても、沼中央部の開けた場所にある植物には営巣していないだろう)、と考え、岸寄りを探索します。その間にも潮がだんだん満ちてきて深くなるため、早めに営巣雄を見つけないとますます撮影困難になります。綺麗な海水が入ってくるならよいのですが、ここは沼の奥で、濁った汽水しか入ってきません。

 岸寄りでようやく黒い雄を発見しました。アシの奥から一瞬黒い雄が出てきて、すぐにアシの中に入る様子が観察されました。アシといっても、褐色の藻(腐植した藻?)がこびりついていて攪乱すると濁ってしまう上、少し深い(水深50cm程度)場所にいるので、撮影は簡単ではなさそうです。しかし、黒い雄が出入りしているということは巣がある可能性が高いので、注意深く観察することとしました。雄は出てきては引っ込む、という行動を繰り返しており、この場所から動きません。このため、ここには巣があると判断しました。予想どおり警戒心が強く、あまり接近すると引っ込んで出て来ません。少しずつ慣らしていきます。

 それでも雌が通りかかると、雄は誘いに行きます。この写真はその様子です。

 抱卵雌は岸寄りの障害物や藻の中でじっとしていることが多いようです(他のトミヨ属でも同様)。

 その後も雄は時折巣を離れる様子を確認しました。雌の誘引行動と思われます。しかし、濁りのため遠くを目視することができません。雌を巣に連れてくる場面までには至らず、結局雌雄を撮影できたのはこの1枚だけです。

 雄は棘が白いため、濁った水中でもよく目立ちます。


トミヨ属汽水型(道東の汽水沼)

卵を守るトミヨ属汽水型の雄

オリンパスE-3 ZD12-60(19)/2.8-4 f8 1/90 Z-240×2(TTL)

道東の汽水沼 7月 水深50cm

 卵の世話をする雄です。後に写真を見て初めて分かったのですが、巣の卵はむき出しでした。卵塊はばらけたり落ちることなく、巣にとどまっています。発眼卵なので、このようなむき出し状態にしているのかもしれませんが、同所的に生息するニホンイトヨでも巣は簡素でしたので、攪乱の多い汽水域への適応なのかもしれません。

 洪水や津波など、攪乱の大きい河口や汽水域では、巣をきちんと作ることにコストを掛ける行動は発達しなかったのかもしれません。加えて、汽水域は有機質が相当あるため、溶存酸素が欠乏するおそれがあります。頑丈な巣では、十分に酸素が行き渡らないかもしれません。これらのことから、両種とも巣は簡素(場合によってはむき出し)なのかもしれません。

 撮影地では、昭和の時代だけでも昭和27(1952)年3月(十勝沖地震)、昭和35(1960)年5月(チリ地震)に大規模な津波を受けています。いずれも繁殖期に相当しますが、両種とも特に影響を受けることなく存続しています。上記のような、様式化が高度に発達していない「緩い」繁殖戦略が奏功している可能性が考えられます。

 むしろ脅威なのは、こうした湿地の埋め立てや改変(不連続化)でしょう。高度成長期以降、道路による寸断、昆布干し場とするための埋立などが続いてきました。近年はこのような開発は以前ほどではありませんが、こうした湿地は自然災害を緩和する機能を有していること(いわゆる「生態系サービス」)、そこには希少な生物が暮らしていることを認識し、共生の道を探っていかねばなりません。

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