ワタカは植物食のコイ科魚類です。元々の生息地である琵琶湖周辺では絶滅が危惧される一方、移植先の関東などでは珍しくありません。しかし撮影するならやはり本拠地で、ということで繁殖期に琵琶湖周辺に赴きました。
ワタカが生息するのは琵琶湖や内湖のアシ場なのですが、どうにも透視度が悪く、10cm先も見えそうにありません。内湖の出口に近い本湖や、内湖に流れ込む比較的清澄な小河川の合流点付近などに潜ってみましたが、ワタカの気配は全くありません。この時点でワタカの撮影は半ば諦めていました。
ところが、街中のある水路で、どうもそれらしい魚が泳いでいるではありませんか。数匹で表層をしなやかに泳ぎ、背が黒っぽく(オイカワやハスではない)、全長25cmほどと大きいのです。しかも厚みが薄い(コイ類、フナ類、ニゴイではない)、これは怪しい! さらに観察していると、ヒラを打つ個体がいて、縦縞がありません(カワムツではない)。エノコログサが一部倒れて水路に浸かっており、この下に群れが留まって草を食べているるらしく、ここから動きません。ワタカ確定です。ワタカは水田に入って草を食う、草を食うので「ウマウオ」の地方名がある、とされていますが、そのとおりです。
ところで、この水路がどうにも汚いのです。水路幅は2mほど、両岸はコンクリートで護岸され、流れがほとんどなく、かなりのごみが浮いています。底は軟泥で、足がかなりめり込みそうです(実際に入るとふくらはぎあたりまで埋まりました)。しかも装備はウェットスーツです。こんなドブに潜るのか?
しかし目の前に紛れもなくワタカが泳いでいます。どの個体もよく肥えているので、おそらく繁殖場所を求めてこの水路を泳ぎ回っているのでしょう。こうなったら「やる」しかありません。
水中に入ってみると、案の定透視度は30-40cm程度しかなく、水草が繁茂しており、下手に動くと水草の上に降り積もった浮遊物が舞ってさらに水が濁ってしまいます。水草の少ない場所を見つけ、ここでワタカの群れがやってくるのをじっと待つことにしました。
魚体が比較的大きいため、レンズは広角側にセットします。水中は軟泥ばかりのコントラストに乏しい世界で、AFが迷ってしまいます。このため、ピント合わせ(AF置きピン)できるよう、白い小石を底に置きました。そこに置きピンしてシャッタ半押しで待機し、画面に入ったらシャッタを切るという算段です。こうして待機するわけですが、なかなかワタカはやってきません。通りかかるのはオオクチバスとブルーギルばかりです。
それでも無心に待ち続けるとチャンスは訪れました。ワタカが近づいてきたのは2回のみで、各1枚ずつシャッタを切ることができました。フラッシュに驚き、散ってしまいます。この写真はそのうちの1枚です。表層を泳ぐため、フラッシュが鱗に反射してしまいますが、これは防ぎようがありません。フラッシュを上げて水面から出るくらいにすれば反射は防げるかもしれませんが、ワタカは寄ってこないでしょう。画面左側に見えるのはニゴロブナです。
ワタカの群れは、先頭に腹の大きい雌がいて、それを雄が追っているようです。この浅くて狭い水路で通年過ごしているとは考えにくく、産卵のためにこの場所に集まってきていると思われます。
この水路はバス、ギルばかりで、小魚を全く見かけませんでした。二枚貝はありますが、タナゴの仲間は全くいません。ヨシノボリなどハゼの仲間も全くいません。水草が多い環境ですが、エビも全くいません。バス、ギルの他は、ワタカの成魚、ニゴロブナの成魚、外来コイの成魚しか見かけませんでした。おそらくこの場所でワタカが産卵したとしても、卵はギルに、稚魚はバスにほぼ食い尽くされ、再生産することは困難と思われます。
それでもワタカの親魚はこの場所にやってきます。戦後間もない頃の航空写真を見ると、この附近は内湖だったようです。その頃の名残なのでしょう。彼らは本能的にこの水路に戻ってきて繁殖するのだと思われます。しかし、卵も仔稚魚もほぼ食い尽くされる運命にあります。こうした水域からバス、ギルを消さない限り、ワタカの再生は困難と考えられます。