アユ[コアユ]

(アユ科 アユ属)

Plecoglossus altivelis altivelis Jordan & (Temminck et Schlegel, 1846)

コアユ(琵琶湖)

コアユ

オリンパスE-3 ZD50/2マクロ f8 1/90 Z-240×2(TTL)

琵琶湖 5月 水深60cm

 琵琶湖のアユは他地域のアユと異なり降海せず、遺伝的にも違いがあるとされています。写真の群れは琵琶湖にとどまっている通称「コアユ」です。

 琵琶湖のアユ(湖産アユ)を捕まえて川に放流すると海産アユと同様大型化することから、湖産アユが各地に種苗として放流されてきました。ある意味「最大の移入魚」だったとも言えるでしょう。

 その道を開いたのは、進化論を日本に紹介したことでも知られる動物学者の石川千代松氏です。大正2(1913)年、石川氏は湖産アユを多摩川の羽村堰上流に放流し、実際に大型化することを示しました。湖産アユは河川に放流すると強い縄張りを形成することから、友釣りをする釣り人には喜ばれました。

 かつては、エリ漁、追いサデ漁、ヤナ漁で捕獲した種苗が、直接他の河川に運ばれていたため、少なからず他魚の混入がありました(特に遡上性の強いヤナ種苗は、縄張り性も強いと考えられ喜ばれたらしい)。この結果、多くの琵琶湖産魚種が各地に侵入してしまいました。オイカワハスタモロコビワヒガイスゴモロコギギが代表的です(もっとも、ビワヒガイはかつて食用として珍重されたため、単独で移植された場合も少なくない)。他にもイチモンジタナゴシロヒレタビラゼゼラツチフキワタカオウミヨシノボリなどが移植されたと考えられます。

 特にオイカワは各地で増えました。例えば、長野県や新潟県では、戦前から戦時中、湖産アユ放流に伴ってオイカワが入り、竜宮の使者に見立て「リュウグウ」と呼んだり、人絹(レーヨン)のようだといって「ジンケン」と呼んだ、といったエピソードがあります(中村一雄 『長野県魚貝図鑑』 信濃毎日新聞社 1980、本間義治監修 『新潟県陸水生物図鑑』 新潟日報事業社 1983)。鬼怒川、那珂川に放流された湖産アユの中に、多い時には10%程度オイカワが混じっていたといいます。関東地方にはもともとオイカワが分布していましたが、湖産アユに混入した琵琶湖産オイカワと交雑し、遺伝子汚染が引き起こされています(高村健一「琵琶湖から関東の河川へのオイカワの定着」『見えない脅威"国内外来魚"』東海大学出版会 2013)。

 このように多くの移入魚をもたらした湖産アユですが、現在は「仕立てアユ」とすることにより、混入の問題は大きく改善されています。現場に近い知人によれば、現在のコアユ種苗の多くは、12月のエリ漁で獲られたヒウオ(氷魚:透明なアユの稚魚)が養殖業者に運ばれたもので、出荷サイズ調整のため選別を繰り返しながら約半年間育てられたものが「仕立てアユ」として出荷されるとのことです。この結果、他魚の混入は考えにくい状態になっているようです。12月以降も養殖業者の注文に応じて、エリのほか、追いサデやヤナで獲られていますが、この場合もいったん養殖業者に運ばれ「仕立てアユ」として出荷されております。仕立て期間が短いので皆無とまでは言い切れませんが、他魚の混入は考えにくいと思われます。

 一方、湖産アユが現地の海産アユと交雑する可能性はなさそうです。湖産アユは放流後別の水系で成長し、繁殖も行いますが、①湖産アユと海産アユは繁殖期が異なり、湖産アユの方が1か月以上早いこと、②湖産アユの仔魚は降海時に塩分に絶えられず死滅している可能性が高いこと、等から、地元の海産アユとは交雑していないことが示されていました(谷口順彦、関伸吾「湖産アユと海アユの遺伝的分化」淡水魚9号 1983)。このことは最近の研究でも裏打ちされており、DNAレベルでの調査により、湖産アユ放流による地元海産アユへの遺伝的攪乱はない、との結果が出ています(武島弘彦、2014、総合地球環境学研究所)。

 湖産アユを論じるには、冷水病も避けては通れません。冷水病はもともとは北アメリカのサケ由来の細菌性疾病です。体表に潰瘍が生じて死に至ります。日本では昭和60年頃、ギンザケ、レインボートラウトで見つかり、アユでは昭和62年に徳島県の養殖場で琵琶湖産種苗から初めて見つかりました。アユの冷水病は平成初頭に大きな問題となり、琵琶湖のアユ種苗はこの頃をピークに大きくシェアを落としていきます。

 その対策として、滋賀県水試は加温処理という治療法を開発しました。これは、養殖業者がアユを池入れした後に、冷水病の予防と発病した場合の治療のため、水温を一時的に28℃まで上げて冷水病菌を死滅させるものです。加温処理を経たアユは冷水病に抵抗性を示すようになります(ただし獲得形質であり遺伝しない)。ワクチンではありませんが、それに似たような作用を及ぼすものです。

 現在、滋賀県では、養殖業者が放流用の活アユを出荷する際には水産試験場での保菌検査を受けることを強く推奨しており、ほとんどの事業者が検査を受けて冷水病に罹患していない種苗を出荷しているとのことです。

 少なくとも追いサデ直送やヤナ直送では、他魚混入や冷水病の問題をクリアできません。湖産アユを導入する場合には、他魚種の混入が考えにくい仕立てアユで、かつ、冷水病の検査を受けた種苗を選択することが求められている、と言えましょう。

 湖産アユには、流入河川に遡上するもの(オオアユ)と、湖内にとどまるもの(コアユ)がいるとされています。ほとんどは湖中にとどまるコアユで、プランクトン(ミジンコ)を喰うとされています。一方、河川に遡上するアユは、体長6cm以上に成長したものであることが、これまでの調査から判明しています。前述の知人によれば、おそらく特に成長の早いものが湖岸で藻類を食むようになり、河川の流れ込みに誘導されたものが遡上していくのではないかとのことです。

 写真の群れは、水中で観察していると盛んに石の表面を食んでいました。沿岸にいるものは川に棲むものと同じように珪藻を食べることもあるようです。やがて川の流れに導かれて遡上していったかもしれません。琵琶湖周辺に棲むアユは多様な生態を持つことで、種の存続を図っているのでしょう。

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